株式会社LIXIL
LIXIL Advanced Showroom

LIXIL Advanced Showroom設立10周年イベント~これまでの10年、そして未来~ 著名人対談企画Vol.3 _ テクノロジー _ 安川新一郎さん ✕ 鈴木浩之

AIが人に取って代わる、そんなことを聞いたことがあるのではないでしょうか。技術の進化がこの先のショールームやコーディネーターの仕事に与える影響とは、一体どんなものなのでしょう。
そんな疑問を鈴木社長がぶつけるべくお招きしたのは、マッキンゼー、ソフトバンクを経て、政府系のアドバイザーや大学など多方面で活躍されている、安川新一郎さんです。
接客業とAIとの共存というテーマで話し合い、テクノロジーの視点から10年後の社会や、LIXILショールームが目指すべき姿について探っていきます。

AIとはその時代の最新テクノロジーであり、昔から存在してきたもの

鈴木
私たちの会社では最近デジタルツールを使うようになりましたが、まだAIを使って何かを生み出している状況ではありません。しかし生成AIが出てきて話題となっている今、我々の仕事への影響も考えられます。今日は安川さんにいろいろ伺えたらと思っています。まず初歩的なことですが、そもそもAIとはどんなものなのでしょうか?
安川
AIをわかりやすく説明するのは非常に難しいんですが、要は人の思考を置き換えてくれるもの、我々が脳を使ってやることを代わりにやってくれるものすべて、ということになります。実はAIの歴史は50年ほどあって、例えば職人がやってきたことを、1980年代に工場でコンピューターに置き換えていったものもAIです。定着した今ではオートメーションと呼ばれています。他にも10年ほど前に画像認識の精度が高まりました。これもAIによるものですが、現在では顔認証は普通のことで、誰も驚かなくなっています。また、現在なら車の自動運転もモニターで撮影したものを瞬時にAIが計算し、ハンドルを切ったりブレーキを踏んだりしています。このようにAIは昔から存在しているんですが、具体的なアプリケーションとして用途が浸透すると、AIと呼ばれなくなってきただけなんです。ではAIがなにかというと、“人間がやっていたことを計算して置き換えているもの”と理解すればよく、そうしたものが社会実装されてきているのが現在だと思います。そして今では計算能力が高まり、ある種人間をしのいでしまっています。人間の目では判別できない8K画像といったものが認識できるようになっています。

鈴木
AIは遠い世界のものではなく、実は昔から身近で、どこにでもあり、浸透するにつれて当たり前になってきた。私たちが気づいていないだけだということなんですね。
安川
例えば画像認識で今までできなかったようなことができるようになったとか、言語という高度なものをAIが操るとか、10年単位くらいでわかりやすいものが出てくるタイミングがあります。そのたびに世の中では大騒ぎが起こるけど、本質はあまり変わってないと思います。
鈴木
では現在のことですが、人間がやっていることがすべてAIに置き換わる、という認識を持っている方も多いと思います。私が知りたいのは、それは実際のところ正解なのか?ということなんですが。
安川
それについては私もよく考えます。現在の「デジタル情報革命」と広い意味でいわれるものは、情報がデジタルになり、AIによる大規模解析が可能になりつつあるということです。ただ、歴史的に見ると農業革命、産業革命のようなものと同じです。産業革命は一言でいうと、人間が筋肉を使ってやっていたことを、機械がやってくれるようになったということですよね。でもそれで我々の仕事が奪われたかというと、そうだとは思えませんよね?
それに、わざわざ機械がやってくれている肉体労働を返せという人もいないでしょう。つまり一定の期間が経つと、便利なものに任せるのが当たり前になるんです。そして産業革命は100年ほどかけて起こっていきましたが、今の情報革命も10年ぐらいかけて変わっていくものです。焦って思考停止せず、「これからゆっくり変わっていくんだろうな」という感覚でいてもいいと思います。

人間が人間に対して求めるものは変わらず、ショールームのような仕事は残る

鈴木
LASという会社はどちらかというとアナログな会社です。昔はショールームで分厚い商品カタログを抱えながら、2時間かけて接客を行っていました。近年ようやくデジタルツールを使うようになりましたが、AIが出てきて従業員から「自分たちの仕事はどうなってしまうんだろう?」と期待と不安半々の声が聞かれるようになってきました。
安川
私は以前、実家の大規模リノベーションでLIXILショールームにお世話になりました。私としてはLIXILさんの“アナログ力”を感じる時間でした。毎週のように接客していただいたんですが、大きな買い物ですし、情報はどんなにあっても足りない状態でした。それがコーディネーターから接客を受けることで、自分に合った商品が選べて、一生に一度か二度だろうという買い物がうまくできる。人間の可能性を感じる職場だなあと思うんです。
鈴木
ありがとうございます。ショールームにお越しいただいたということで大変光栄ですが、接客業として商品を選定するというこの仕事はずばり、AIが出てきてこの先どうなるんでしょう。
安川
むしろ、より研ぎ澄まされていくんじゃないでしょうか。例えば、SF映画に出てくるようなアンドロイドのコーディネーターが生まれたとします。それが完璧な接客をしてくれたらどうでしょう?
それでいいやと思う部分もありますが、相手には自分たちのような家族も生活もないと思うと共感しづらいし、イマジネーションがわかないと思います。つまり、人間があり続ける限り、人間に対して求めるものが必ずあると思うんです。LIXILショールームの接客のような、スーパーインターフェースとして人間しかできないことは、絶対になくならないと私は確信しています。
鈴木
そう言っていただくと安心できます。
安川
忘れてはいけないのは少子化です。この先は確実に労働人口の減少が見えているわけです。確かにロボットに奪われる雇用があり、AIエキスパートのような、AIが作る仕事もあります。しかしそれでもずっと人手不足が続くと分析では出ています。人が減っていく中でも日本のGDPを維持するには、マッキンゼーの分析では生産性を今の2.5倍にする必要があるとしています。どういうことかというと、1日8時間でやっていた仕事を3.2時間でやって、その日のうちに翌々日の仕事までやらないといけない計算です。だからこそ生産性のために生成AIを使おうということになるんです。企業ではこの先生き延びていくため、生成AIをどう使おうかとさまざまに検討していますし、それは必然的なことだと思います。
鈴木
同じ接客業だと、飲食店では働き手がいなくて閉店するケースも増えていると聞きます。お伺いしたかったのが、生産性を上げるツールとしてAIをどう使うかです。例えば、安川さんがLIXILショールームで「ここは少し自動化できる」とか、「これにAIを使ったらどうなんだろう」と、専門家の立場で感じられたポイントはありましたか?
安川
例えばですが、ショールームに行く前に1時間ぐらい、オンラインで50とか100問ぐらいの質問をAIとやり取りし、コンシェルジュ的な接客を受けるのはいいかもしれません。自分では「この値段でできそう」と思っていても見当違いだったり、勘違いしていることは多々あります。潜在ニーズや言語化できていない要望もあります。しかし自動化されたAIでも、ハード面の情報で解ける課題はたくさんありますよね。金額もそうだし、使う人の身長で必要なキッチンの高さを割り出したりもできる。それに、事前にAIアシスタントがいます、といわれてもそこまで気にならないように思います。可能なら話した内容を元に正確な3Dのモデルを見せてもらえたりしたら、いいなあと思います。
鈴木
確かに私たちの商品は非常に幅広くて、水まわりからドアや窓といった金属商品、エクステリアまで家1棟分ありますから、全部覚えることはまずできません。知識だけで良ければ多分AIで十分正解を出せますね。

安川
一方で、人間の方は正確で知識が豊富というだけでは、AIに仕事を奪われてしまうでしょう。知識より、その人自身が人生を通じて蓄積してきた人としての魅力とか、与える安心感とかがお客さまに購買意欲をわかせるのでは。心からお客さまに寄り添って、「いい買い物ができてよかったですね」と思えるって、人間にしか出せない力だと思うんです。AIは共感ができませんから。それに、家のように大きな買い物になると、買う方はやはり迷いが出るし、納得したいとか、最後は人に相談したい、という部分もあると思うんです。だから、AIに取って代わられないためには、その人自身の人生があったり、人柄があったり、人間力があったり、逆にそういう人が共感を得て、生き残りやすくなってくるんじゃないでしょうか。

10年後の未来はAIと一緒に接客することで生産性を上げる世界に

鈴木
確かに接客をしていて、一般的には不正解な案内でも、そのお客さまにとっては正解の場合もあります。そういう接客ができるよう、どう個人が伸ばしていけるかかが大事なんでしょうね。それと同時に、生産性を上げていくことは至上命題になってくると思うんです。生産性を上げる点でAIが最も得意とするところは、やはり知識とかそういった面になってきますか?
安川
AIは巨大な推論エンジンなので、みんなが考えていることの本当の平均値を出してくれます。平均値って意外と知らないものなんですよ。でもAIならありとあらゆることについて答えてくれます。だから10年後の接客を考えると、おそらくかわいいバディみたいなものをショールームの方が携えて、ヒアリングをしながら、相棒に「ちょっと聞いてみますね」「彼はこういうことを言っています」という状況になるのかもしれませんね。でもお客さまの中には平均的なものは嫌で、「多少住みづらくなっても、自分の人生観はこうだから、こうやりたい」とおっしゃる人がいるかもしれない。そんな風にAIの出す平均値を示したり、一方で要望を尊重したりしながら、AIと一緒に接客していくような世界が想像できます。
鈴木
今はLIXILにはオンラインショールームがあり、対面のオフラインでも接客中はタブレットを使います。例えば10年後、タブレットを持っていれば話している内容を聞いてくれていて、「それちょっと間違っていますよ」とか、アラートが鳴って答えをアシストしてくれるようなものができるといいのかもしれません。会話を聞いて見積もりを先に作っておいてくれるとか。そうなると先ほどの2.5倍の生産性が達成できますね。それにそんなAIがあれば従業員の研修の時間も短くできそうです。
安川
本当にそうだと思います。家の設備は膨大で、色だけでも決めるのは大変でした。だからむしろAIはすごくいいパートナーになりうると思います。数字を間違えるといった基本的なミスもしませんから。
鈴木
確かに。議事録にもなるかもしれませんね。先ほどの事前質問のこともすごいアイデアだと思ったんですが、確かにヒアリングを受けるだけであれば、人間じゃなくてもいいと思うんです。その後のフィードバックはやはり人間の仕事ですが、AIがヒアリングを事前にやれれば、そこだけでも随分効率は上がる気がします。
安川
もちろんそれをしたいかどうか、人によると思うんです。ふらりとショールームに行く方がいいという方もいるでしょう。ただ、事前にやっておけば実物を見にショールームに行ったときに、「こことここですね、確認しましょう」となると接客も短時間で済むし、自分なら満足しますね。同じお客さまでもインターフェースを求めている段階と、ソリューションを求めている段階で違ってきますが、決め事はAI、相談事は人間が行うとしたら、ショールームみたいな場所とか、スタッフの方の領域っていうのは、今後ますます重要になってくると思います。
鈴木
それを聞けて大変安心しました。でも安心するだけじゃなくて、やはりAIを使いこなさないとだめですね。生産性は上げていかなきゃいけないわけですから。

安川
人間の脳は可塑的、つまり柔軟なので、情報をたくさん得るごとに進化し、アップグレードし、今の豊かな社会を築いてきたともいえます。そういう意味でもこの先はAIを勉強するしかないと思うんです。ただ、AIの勉強の仕方として、人間そのものの知性とか美徳とか、倫理観とか、人と人との付き合いみたいなものは忘れちゃいけない。AIが言った通りにやれば儲かるからと、利益や生産性だけを追求するようなことは違うと思います。
今は機械でも人間的なことをやってくれる可能性がある時代です。AIサポートのコールセンターでも、非常に親身になってくれたら価値があると思います。じゃあ人間的にはどうすべきなのだろうかというと、実際に接客し、お客さまが喜んだという経験の引き出しをたくさん持てるかどうかじゃないでしょうか。人間としては当たり前の接客ですが、隣に機械がいるからこそ、生身の人間として提供できる価値を喜んでもらえるということですよね。人としてお客さまに何を喜んでもらえるのか、それを追求していくことになるんだと思います。
鈴木
非常に深いですね。「人間として」とは今まで考えたことはありませんでした。人間しかいない状況だったので、どちらかというと機械的に動いてきたかもしれないです。
安川
わかります。資本主義はそういうことを求めるところがありますから。会社としては達成すべきものがあるし、内部では人間的な部分が疎外されるようなことも起こります。しかしそういうことばかりやっていると会社は、人もいなくなっていくでしょうね。
鈴木
人間的に行く。こういう言葉ってある意味AIのおかげで出てきたのかもしれません。この言葉を今後ベースに置いていこうと思います。今回は非常に得心できるお話をたくさん聞かせていただきました。お聞きしたことを今後の私たちの活動に繋げ、人間らしく仕事ができる環境を作っていきたいと思います。そして同時に、生産性を上げながら、AIを使いこなす会社を目指していきたいと感じました。今日は本当にありがとうございました。

<プロフィール>
安川 新一郎
マッキンゼー、ソフトバンク社長室長、執行役員を経て東京都顧問、大阪府市特別参与、内閣官房CIO補佐官等を歴任。コンサルティングやスタートアップ支援、企業提携支援、地方自治体支援などを行うグレートジャーニー合同会社を立ち上げ、代表を務める。東京大学未来ビジョン研究センター特任研究員。